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バジリスク 小説 『残酷な夢』

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最近ハマッたバジリスクで、夜叉丸・蛍火です。
バジリスクではこのCPが一番好きなんで、これからも時々書いていきたいな……。

注意
子供ネタがあります。












うとうとと心地よいまどろみから誘われるように目を覚ました。
薄く開いた目に真っ先に飛び込んだのは、見慣れた恋人の家の天井。
そこにあるはずの姿がない事に気づいて、視線を巡らせる。
―夜叉丸どの?
いつもならば彼女が目を覚ますまでの間、腕に抱かれているのに、今日に限ってはいなかった。
ふと枕元に人の気配を感じ取り、横目で見て大きく目を瞠った。
そこにいたのは5、6歳の子供。
桜色の頬、燦々と輝く黒い瞳。一目見たら忘れられないほどの美少女。
夜叉丸と瓜二つの、雛形そのものだった。
「母上! 気づかれたのですね」
―母上!?
子供の口から放たれた衝撃的な言葉と共に頭の中が真っ白になるが、それは一瞬だった。
頭の中で玉手箱が開き、煙が頭の中を満たしていくように、蛍火の中に今までの記憶が蘇ってくる。
何故、今の今まで忘れていたのかと、溜息を漏らした。
「急に倒れられたから、心配したんですよ!」
「心配をかけましたね。 母はもう大丈夫ですから、安心なさい」
慈愛に満ちた笑みと共に、愛しい人と瓜二つの娘の髪を優しく撫でる。
癖がなく細い、滝のように背中を流れる美しい髪。
何もかもが父譲りの中で唯一母譲りの髪を持つ自慢の娘は、伊賀一の美少女として誉れ高かった。
動かぬ体を起こそうと力を入れたとき、蛍火が何をしようとしているのか察した娘が止めた。
「母上。 医者の話では重度の貧血とのことなので、今暫く安静になさってください」
――重度の貧血。
確かに微熱と共に、身体を動かすのも億劫なほどの倦怠感に苛まれて、今はまともに体を動かす事もできなかった。

「夜叉丸どのは?」
「夜叉丸……? 誰ですか?」
娘が首を傾げた。
元服と共に改名しているのだから、娘が父の幼名である「夜叉丸」を知らないのも無理はない。
では、とその名前を口にしようとしたが、その記憶自体が全くなかった。
元服してからの夜叉丸どのの名前が思い出せない、わからない。
ありえない事態に、不安と焦燥が胸の中で膨らんでいく。
「父上はどちらに?」
「………。 父上ならお幻様に呼ばれて、お屋敷に行かれました」
心の底から妻を案じ、心配そうな面持ちで母の側にいた父。
総領の使いの者に呼ばれて、渋々といった様子で出て行った。
そういえば、父が出た後に医者が来たから、父は何故母が倒れたのかも分からないはず。
なら、今も不安に苛まれているかもしれない。
「今すぐ父上が帰られるわけではありませんから、今は体を休めてください」
そう言われて布団の中に押し込められれば、起きることも出来ない。
ただでさえ蛍火は夜叉丸そっくりの娘に弱いのだから。
娘が側で見守る中、眼を閉ざした。

蛍火の意識が眠りの海に漕ぎ出した頃、微かな足音が聞こえてきた。
「父上、お帰りなさい」
睡魔に沈みかけている中、聞こえてきた娘の声に眠気は一気に吹き飛んだ。
弾かれたように娘の隣に座るその人の姿を、瞳一杯に映しこむ。
―夜叉丸どの!!
年と共に精悍さも増して、綺麗という形容は似合わなくなっているけれど、それでも人目を奪うほどの整った秀麗な顔立ちのいい男には変わりない。
いつもと変わらぬ伴侶の姿に何故か胸の奥が熱くこみ上げ、涙腺が緩む。
もう逢ないと思っていた愛しい人が、今目の前にいる。それだけで何もいらなかった。
―もう、逢えない?
何を考えているのだろうか?今までずっと一緒にいたのに。

「蛍火、一体どうしたんだ?」
蛍火のただならぬ様子に夜叉丸は困惑していたが、微かに体を震わせる妻を安心させるように抱きかかえる。
汗と、黒縄に用いる獣油の匂い。それは彼女が何よりも慣れ親しんだ香りだった。
―ああ、夜叉丸どの。
細身ながら厚い胸板に顔を埋め、命の鼓動に耳を澄ます。
「蛍火?」
「夜叉丸どの…」
名前を言った途端、何処か困ったように苦笑したその顔に、思い出した。
夜叉丸が元服して新たな名前になってから、彼女がその名で呼んだことは数えるほどでしかなかったことを。
元服して改名したとはいえ、物心つく以前から夜叉丸と呼び続けてきた蛍火にとって、彼は”夜叉丸”以外の何者でもなかった。それ故に新たな名は別人のようでどうしても馴染めなかったのだ。
当初は何度か名前を巡って痴話喧嘩をしたものの、結婚しているのだから”あなた”でいいと彼が言った事で決着はついた。

「あなた」
夫の手をとり、そっと下腹部に導いた。
最初は目を丸くしていたものの、その意を悟り、驚きに目を瞠り喜びに満ち溢れる姿に、蛍火の魂が満たされていく。
――この顔が見たかった。 この報せを知らせたかった――。
だけど、それは決して叶わぬ夢。
何故なら……
「ややが、出来ました」

幸せな夢想にふけていた意識が、前触れもなく過酷な現実に引き戻された。
眼前に広がる光景に自分が何処にいるのか混乱したものの、それはほんの僅かの間。
クツクツと肩を震わせ笑う声は次第に大きくなり、己の愚かさを罵る高笑いへと変わっていく。
太腿に傷を負い、鈴鹿越えの道中少し体を休めるつもりが、束の間の白昼夢を見ていたらしい。
あまりにも幸せすぎて、残酷な夢を。

嗚咽を堪え涙を拭い去ると、労わるように優しく下腹部に手を当てる。
まだ膨らみの目立たぬそこには、愛しい人の忘れ形見となった命が宿っていた。
――ややが、出来ました。
駿府より帰られた後の夜叉丸どのの元服の時に、そう伝えるはずだった。
だけど、もうそれは伝えられることはない。
何故なら。
――殺されてしまわれたから。
忌々しき、甲賀者に。

憎しみを込めて唇を噛み締め、足を引きずりながらも前へと踏み出す。
甲賀者の所在と共に、弦之介の瞳術を封じた事を一刻も早く仲間に伝えるために。

愛しい夜叉丸亡きこの世界で蛍火が生きていられるのは、甲賀者への復讐とまだ見ぬ我が子のため。
それだけ、だった。
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